
| ■ 世界に羽ばたく「鳥取二十世紀梨」 |
将来は「ゴールド二十世紀梨」中心に
鳥取県産二十世梨の市場価格の安定を図るために取り組んできた輸出事業も、量より質の時代に入ってきました。
その輸出取り組みの経過と、昨今の貿易事業についてお伝えします。
継続は組織力と強い絆で
鳥取の梨生産者は、早くから二十世紀梨の持ち前の素質を見抜き、1933(昭和8)年から海外市場へ出荷を始めてきました。
その輸出気運は戦後に復活し、その後約30年間は、東南アジアを舞台に好・不況にかかわらず、組織力と相手との強い絆によって輸出を続けました。
世界市場へ進出
 |
輸出される鳥取二十世紀梨
|
その実績を元に、1981年からは世界市場への進出を目指し、鳥取県果実連(現全農とっとり)が同年と1983年に、産地に1200トンの梨貯蔵庫を整備し、生産調整力のアップと品質管理体制の強化などにより、二十世紀梨をカナダ・欧州・中近東諸国へと送り出し、1984年からは農産物輸出大国であるアメリカ本土にも上陸させました。
今では、二十世紀梨出荷量の約20%が、多い年は22か国、少ない年でも14か国に輸出されています。
国際的に通用「NASHI]
鳥取二十世紀梨は、世界市場で「NASHI」と呼ばれ、国際的に通用する品種になりました。
これは、当時のリーダーの確固たる貿易理念と実行力のもと、鳥取県が産・学・官をあげて組織的に「輸出のための生産と国際市場の開拓」に情熱を注いできた成果といえます。
世界市場での二十世紀梨は、美しい形と色、クリスピー(シャキシャキ感の肉質)、ジューシー(多汁)、テイスティー(おいしい)という評価を受けています。
|
輸出果実の第一位
鳥取県産の二十世紀梨の輸出は、日本の他の産地を寄せ付けないほどの量(約9割)を占めています。
しかも、果実の輸出金額では1985年以降、温州みかんを抜いてトップの座を守り続けています。
厳しい輸出環境
しかし、一見順調に見えるに二十世紀梨の輸出も、急激な円高の進行や相手国の不況、さらにはハードルの高い輸出検疫などの難関があり、苦難も続いてます。
また、最近では韓国産の黄金梨や新高、中国産の日本梨などが鳥取二十世紀梨の輸出先に、二十世紀梨の3分の1以下の安価で販売され、大きな驚異になってきています。
さらなる努力
産地としては、コスト低減、生産性向上を図り、さらに、二十世紀梨の高級感を販売の目玉として対抗していかなければなりません。
その為に、海外市場からの引き合いが強く、ナシ黒斑病に耐病性のあるゴールド二十世紀を中心とした生産復興が積極的に進められています。
さらには、二十世紀梨にとって拡大しつつある台湾市場などに対して、積極的な販売推進を行いシェアアップを目指します。
全国の梨輸出箱(10キロ)数
| 仕向先 |
平成12年度 |
(比率%) |
| 香港 |
191,987 |
(61.3) |
| 米国本土 |
38,524 |
(12.3) |
| 台湾 |
38,518 |
(12.3) |
| シンガポール |
17,435 |
(5.6) |
| オランダ |
8,533 |
(2.7) |
| マレーシア |
4,600 |
(1.5) |
| 豪州 |
4,258 |
(1.4) |
| ハワイ |
3,000 |
(0.9) |
| アラブ首長国連邦 |
2,200 |
(0.7) |
| ドイツ |
1,488 |
(0.5) |
| タイ |
1,480 |
(0.5) |
| その他 |
900 |
(0.3) |
| 合計 |
312,923 |
(100.0) |
|


海外での鳥取二十世紀梨販売の様子 |
|
|